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世界最大の貧富格差が生み出す諸問題

ブラジルには世界最大といわれる貧富の格差1)が存在します。その極度に進んだ所得の寡占下で、じつに国民の60%もの人々が、その所得が国民平均所得の2分の1にも満たない貧困層に属しており2)、さらには、毎月最低賃金(70ドル程度)の半分以下の収入で生活している極度の貧困者数は、国民の32.1%に相当する5400万人にのぼります3)

この所得格差の原因の一つには、ブラジル国内の地域格差があげられます。南東部などの豊かな地域が先進国並に発展している一方、未開発の北部や中西部、しばしば干ばつに襲われる北東部などの生活水準は、それこそ最貧国並にとどまっているのです。

さて、この貧富の格差は、ブラジルにおいて様々な社会問題を助長しています。
必要に足る衣食や教育機会が与えられない極度の貧困状態にある15歳以下の子供たちは2250万人にのぼると言われます。そして、国連の暴力実態調査では、多くの貧しい子供たちが麻薬密売を生存のため必要とみていることが明らかになっています。4) こうした貧困状況が、ストリートチルドレンの増大や、犯罪被害者の人口比率44%のリオデジャネイロに代表されるような世界最悪の治安を作り出す主要な原因となっています。

ファベーラ

崖地に形成されたファベーラ(コルンバ市)

 ファベーラとは、貧しい人々が、誰も住めないような山の斜面やがけっぷちなどに、小屋のような家を建てて住み着くことで形成されていくスラム街。
 不法占拠地であることから、番地の区割りもなく、水道や電気も整備されにくい。さらに、教育、保健衛生、福祉などの行政サービスも十分に受けられないという問題点も指摘されています。失業率も高く、犯罪の温床になりやすいことから、現地の人々も恐れて近づこうとしません。5)

少年院に送られる子供たちの96.6%が義務教育を完了していないという報告もなされています。
中流クラス以上の家庭は、高額な教育費を支払いながら、先進国並の教育水準を誇る私立の学校へその子女を送りますが、国民の大半を占める貧困家庭は、まともに授業が成立しないこともしばしばといわれる公立学校へ子女を送るしかありません。公立学校からは大学進学者が出てくることはおろか、義務教育を完了することすらできない子供たちが約半数近くいるとの調査報告もあります。6) このように、貧富の格差がそのまま教育の格差に結びついているがゆえに、機会の平等が存在し得ず、持って生まれた貧富の階級を超えることを非常に難しくさせているのです。

現在夫が収監中のため、収入のあてもないまま、3人の子供を抱えている最貧困家庭(コルンバ市)

市では貧困家庭対象に食料配給の予算を取っているものの、市役所職員にコネのある家庭が優先されるため、この家庭の場合、そういった支援をほとんど受けられていません。さらには、小学校が定員オーバーのため、子供を就学させることができず、そのため、政府が支給する就学児童の教育手当(一児童当たり、月5ドル程度)すら受けていません。
この家庭のように、文盲の最貧困家庭は、社会福祉の援助を申請する術を知らず、社会福祉から取り残されたような生活を送っているケースが多いのが実情です。

くわえて、ブラジルにおける性道徳の極度の喪失は、各種の性病の蔓延をもたらしているのみならず7)、その教育水準の低さおよび高失業率と相まって、先進国では他に類をみない深刻な家庭崩壊をもたらしています。貧困層のカップルの多くは、正式な婚姻をしないまま子女をもうけます。貞節観念が希薄な上に、地域によっては失業率20%を超える深刻な経済不況の中、失業中の夫とでは生活ができないという事情と、そこに正式な婚姻を経ていないという環境が、離婚への抵抗感を極めて希薄なものにしています。そのような状況下で、簡単に次のパートナーと出会って、新たな子女を設けていくということが繰り返されるため、子女たちの中には3人目、4人目の継母、継父と同居しているというケースもめずらしくありません。母子家庭率も24.9%と急増しています8) そうした家庭崩壊が、家庭内暴力、さらには貧困層の経済ひっ迫に拍車をかけるという悪循環を形成しています。

これらの貧困、犯罪、家庭崩壊などの諸問題は、一体どのようにして解決されうるのでしょうか。国連をはじめとする社会福祉団体や専門家たちは、倫理面も含めた教育に対する投資こそが根本との意見で一致しています。


コルンバ市の場合(2005年9月追記)

2005年9月、マットグロッソドスール連邦大学コルンバキャンパス地理学科は、「コルンバ市の都市部住民の社会経済概要調査」プロジェクトの調査結果を発表しました。同プロジェクトチームは、「調査結果は、2003年から2004年の一年間にわたって、コルンバ市(2000年現在、都市部人口86000人)の都市部全地区を対象に、全世帯の79%に相当する15,409世帯68000人から得た回答に基づくものだ」としています。

同調査報告によると、最低賃金(2005年9月現在:月300レアル、125ドル相当)以下で生活している最貧困世帯は、全体の19.6%となっています(そのうち完全無収入と推定される世帯は2.3%)。(コルンバ市の一世帯当りの構成員数は4.41人であるため)これはそのまま、1日当り1ドル以下の生活している人々の割合が19.6%であることを意味しており、UNDPの2005年度報告のブラジルの全国平均の統計値8.2%を大きく上回っています。なお、月収300-900レアルで生活している貧困世帯(1人当たり換算で、1日1-3ドルで生活している世帯)は、47.9%となっています。一方、最低賃金の20倍となる6000レアル(2500ドル相当)以上の月間所得をもつ人々の割合は、わずか1.4%に過ぎません。このことからは、ブラジルの場合、豊かでない地方都市においては、所得の寡占がより顕著であることが伺い知れます。

また、同調査結果は、同市の失業率を24.5%と報じ、その主因の一つとして、40%の市民が基礎教育(日本の小中学校教育に相当)を修了していないことを指摘しています。なお、市政に対する要望では「仕事の創出」が41%を占めて第一位、日常生活上の心配事では「失業」が66%で第一位となっています。


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1)国連開発計画UNDPの人間開発報告書2004によれば、わずか10%の富裕層が、国民総所得の46.7%を独占する一方、下位から20%の最も貧しい人々は、国民総所得のわずか2.0%を得ているに過ぎません。また上位10%と下位10%との所得格差は実に85.0倍(2003年度は65.8%)にも達し、上位20%と下位20%との間においてさえ、31.5倍もの(2003年度は29.7倍)所得格差があります。先進国諸国のうち所得格差が最も大きい米国でさえ上位10%と下位10%との所得格差は15.9倍ですから、ブラジルがいかに所得の寡占が際立った国であるかが分かります。なお、昨年度報告と比較すると、この貧富格差が急拡大していることが分かります。*

2)ブラジル大使館公表のデータにより。

3)2002年12月3日公表のIBGE(ブラジル地理統計院)の調査結果。
 また、人間開発報告書2003は、生活上必要不可欠な薬が常時購入可能である人々の人口比は、調査基準中最低ランクの0-49%と報告しています。

4)ニッケイ新聞2002年3月6日号

5)ブラジル大使館によると、1995年現在、ブラジル国内におよそ3500カ所のファベーラが存在し、その3分の2は、リオデジャネイロとサンパウロ周辺にあります。人口600万のリオデジャネイロとその周辺のファベーラには235,000世帯、人口1100万のサンパウロでは207,000世帯が生活しています。なお、北部や北東部などの貧困かつ低人口密度地域では、豊かな南東部に比べて、すべての家の数に占めるファベーラの割合が高くなっています。

6)2002年12月3日公表のブラジル地理統計院の調査報告では、貧困層に属する15歳から19歳までの若者のうち、小学校1年を終えたのは92%、5年まで終えたのはこのうち約半分となっています。
 なお、国連開発計画の人間開発報告書2003は、2000年8月現在、15歳以上の全国平均文盲率は13.6%と報告していますが、自分の名前すら書けない人々がまだ多数いるという現実に照らし合わせると、この数字は現実を正しく反映しているとは考えられません。そして、貧困地域での文盲率はさらに数十%高いのが実情であると思われます。

7)UNAIDS/WHOによる、2001年現在のHIV/AIDS推計感染者数は610,000人

8)2000年8月実施の国勢調査結果。前回調査時は18.1%

*UNDP人間開発報告書2005(http://hdr.undp.org/reports/global/2005/pdf/HDR05_HDI.pdf)では、上位10%の富裕層の所得は、国民総所得の46.9%へと増加したものの、下位20%の貧困層の所得も、国民総所得の2.4%へと増加が見られます。その結果、位10%と下位10%との所得格差は68.0倍、上位20%と下位20%との所得格差も26.4倍に縮まるなど、昨年度に急拡大した所得格差は、ほぼ2003年度並に回復したといえます。(2005年9月15日加筆)